時代物風の木彫り看板を作ってみました

向かいの建築屋さんが

自分用の遊び小屋を作っていて そこへ表札のようなものが必要になったので

木彫りで看板を作らせてもらいました

そして ついでに余り木で 僕とこの看板も作りました

原稿は全て手書きから起しました

僕とこのんは むかーしの 酒屋とか薬屋とかの木彫り看板みたいに

まず 創業年代を行書で彫り
2016513_4.jpg

そこは 金箔押しなんてできないので これは塗料で金色

上段には これも昔風に『品質保証』
2016513_6.jpg
昔風といえば隷書ですね 色は岩絵の具の『緑青』っぽい色を

これもまた 塗料にて再現してみました 当然艶消しです

メインの文字は なんか酒の銘柄みたいな書体で
2016513_5.jpg
これは 漆風塗料『カシュー』で着色 この後3回くらい塗り重ねましたから

仕上がりはカチカチのツルツルです

これを 壁にでも飾ることにします

依頼を受けた 看板の方は

小屋の名前を緑青で
2016513_7.jpg

僕の名前まで入れてこましました

並べて記念撮影
2016513_8.jpg

木彫りの看板は やはり重厚な雰囲気でええもんです

この場合の 右から書くか 左から書くか というのが 結構難しく

小屋の方の ○○庵みたいなやつは

書道の流儀で 一文字ずつの縦書き という考え方で

右から書き出して 改行 また一文字書いて 改行 という感じで

これで ええのやと思いますが

酒や薬の銘柄看板を模した もう一つの方は 今回は左から書きました

これ 色んな考え方あると思うんですが

銘柄なんかの場合は左から書いてる事も多いし

右からいってる場合は 右左で高さを変えたり 色々なんです

ほんまのところは どうなんでしょうか?

分かる方 教えて下さい


そんな事をしていると いきなりクール便で 

かなり重みのある発砲スチロールの箱が届きました

中をみると 巨大で見た事もない種類の魚が 頭と尾を切り取られた状態で入ってました

頭も尾も無い状態でも 80cmくらいあります

数えると4尾でした
2016513_3.jpg


とても 家の中で処理できる大きさや量ではないので

まずは 近所に貰ってもらおうと そのまま見せたけど 誰も貰ってくれません

こんな時は 向かいの建築屋にある屋外厨房が役立ちます

身にして貰ってもらう事を条件に 厨房を使わせてもらいました

どうやら この魚は『シイラ』という種類らしく

身にして 刺身にしても 揚げても 焼いても 漬けても 美味しい魚でした

寿司飯を炊いて 漬けを手巻きにしたり
2016513_2.jpg

全てに 卵が入ってましたから

それを炊いたりして
2016513_1.jpg

美味しくいただきました

ニセ釣り師からは たまに とんでもない量の魚が届くんです

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2016/05/15 16:37 |木彫り看板COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

表札を贈る

友人の息子で こんな僕に仲人までさせてくれた

ツレの息子 というより 友達に近い存在の

K1君が 大きな家を建てたので

軽い気持ちで『表札でも贈るわ』と言っていたのだが

やり出したら 結構凝ってしまい 重いものが出来た

僕の当初の考えとは違い 本人達は『純和風がいい』というので

僕の秘蔵のケヤキの塊を割って 板を作った

紙に手書きで文字を書き 
表札3

それをPCでトレース&レイアウトし
表札1

本人に確認をとった

それを秘密の方法や彫刻刀で木彫りし

うるしっぽいものを塗り

出来上がり
表札2

彫りあがりも なかなか上々で
表札4

将棋の駒のような矢剣彫りではなく

かまぼこ彫りで

あとは取り付けるだけです

喜んでもらえるでしょうな これは


2014/01/18 11:10 |木彫り看板COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

木製の切文字と巨人軍上原のアンダーシャツ

たまに頂く 家具屋からの仕事

厚みがあるからなんか 形状的に無理なんか 安いんか

今は色んな機械が発達してるというのに

こういった 厚みのある木を切り抜く仕事は

うちにくれる

材料と原稿をもらいにいき

それを貼りつけて なんとも原始的な糸のこマシーンで切り抜く

糸のこ工程
うちで使ってるのは スクローラの1000

1000というのは ふところ幅で

1000mmまでのやつなら振り回して切れるという事

僕が育った親方のとこでは1300をつかってて

昔は1000x600のアクリなんかの隅にある 小さな電話番号なんかも

振り回して 抜き文字にしてたけど

今は よぉやらんかも

で 出来上がり
木製切文字
これに塗装をかけて仕上げるようです

うっすらと 木目が透けるんで 

なんともほっこりとした看板文字になりますね


それから 僕の友人の話

その人というのは僕と小学校から付き合いがある、通称テッチャンである。地元の人間のなかでは なかなかに有名な おもしろ人間である。
昨日 同級生がやってる散髪屋にいって聞いた話。
先日同級生Fがきて 共通の趣味である野球の話で盛り上がってたらしい、Fのいとこが有名な野球選手で その選手に貰った手袋なんかを 野球をやってる息子に着けさすと、いつも以上にヒットを打ったり 予想外の力を発揮する といった話題で。
足が悪い子にユニフォームをプレゼントしたら 急に歩けるようになった とか、そういった話は よく聞く。憧れのスター選手の物を身につける事で、勇気を貰って自己治癒力やら暗示力が高まるんやろね。素晴らしい事やなぁ。と まあ こんな話をしてるとこへ テッチャンが登場したらしい。なんとも冴えない格好をしてたが、その首元にナイキのマークが付いてるアンダーシャツに目がいった。野球をやってる者なら一目で高級品とわかる品やったらしい。テッチャンは野球なんかやらない。当然『テッチャン このシャツ何よ』と問いただした。良く見れば『19』と入っているではないか。そこでテッチャンは答えた『これ ぬくいでぇ』『あたりまえじゃ これ めっちゃええアンダーシャツやないか』『そうなんや これ巨人の上原が着てたやつやで』 やっぱりそうやった。聞いてみると、老人介護の仕事をしてるテッチャンに、施設に入ってる お年寄りがくれた物らしい。そのお年寄りは過去に体大の食堂で働いてたらしく、たまたま母校に来てた上原選手が 在校中は世話になったからと、その場でアンダーシャツを脱ぎ くれたようだ。
完全な『お宝』であり、体の不自由な子供にプレゼントすれば、どんだけ効果があったかしれない。今や大リーガーである 上原の事を説明しても『そんなに有名やったん?』と テッチャンは言うたらしい。
でも ほんまは テッチャンは知っているのだ、実は去年 僕からも注意を受けたからだ。『それ着たらあかんで 保管しとき』『ほんまやなあ』テッチャンは そない返事したはずやった。ひょっとすると、阪神ファンであるテッチャンにとって 全く価値のないものなのか?それとも、最近薄くなってきた頭髪が 上原に勇気をもらって増えてきているのか?また それとも 僕と一緒にやってる 音頭が少し上手く歌えるようにでもなるのか?
30年以上付き合っているが、未だに不可解な人物である。 

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2011/01/22 09:38 |木彫り看板COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

今日は木彫り

板には書きより 彫りがええと思う

いつも そう勧める

こっちとしては 手間ばっかりかかるが

やっぱり彫らなあかんと思うから言う

板を原稿通り彫って

彫り上がり

そこに ペンキを入れて 仕上がり

仕上がり

やっぱり ただ書くより ええなあ

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2010/08/05 17:11 |木彫り看板COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

木彫り看板

今日の仕事は またまた やりたがりの本領発揮です。

同級生の店が移転するので看板を注文してくれました。

どうせならちょっとましなもん作ったら?って事で

木の板を貰って来るか 買うかしたら?ゆーたら

板 材料
結構ええもんもらって来ました。幅1m50程あります。

裏ニス
半艶のウレタンクリヤーを裏にも塗ります。裏も塗らな反ります。

原稿書き
乾くの待つ間に ちょちょいと原稿書いて

原稿貼り付け
コンピュータで拡大して貼り付けます。

彫り&ニス
ちょちょいと彫って 彫り跡にもウレタン塗ってペンキの乗りをよくします。

出来上がり
で ペンキ塗って 出来上がり。文字の面取ってカマボコ彫りにするのが普通やけど その辺は予算によって色々です。

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甲状腺乳頭癌の話

いよいよ院長の初診察です。第一印象は 背筋のシャンと伸びた歳いってるのか若いのかよーわからんタイプで、余計なことはあまり喋らないロボットみたいな人でした。でも聞いた事に対しては 短い言葉で答えてはくれるようです。声は残せるのか聞いたところ 五分五分や みたいなことをゆわれたと思う。神経から剥がす努力はするが、神経にやたらにからみついてたり、浸潤してたら切る みたいなこともゆーた。もし切った場合は 声が不自由にはなるが 神経の再建術を施すから 切りっぱなしよりはだいぶましらしい。なるほど 納得できた。五分五分にかけてみよう と思った。患者に対して五分五分と言うなら もっと確率は高いと感じたし、なにより そのあとの触診に職人の手さばきを感じた。ロボットのような人でも手術とそれとは別やし、僕にはロボットのような受け答えをする その人の感じがありがたかった。で 予約を入れた。手術日は1月7日に決定。その先生の初出の日らしく、その日二人目の手術のようだ。それもラッキーやと思った。なんでかゆーたら 前の人には悪いが 二人目の方が 手がノッてると思ったから。全部ええ方向に向かってる気がした。色々入院の事なんかを 違う人に説明されて、その日は終わり。ここへ来て良かったと思った。まだ手術もしてもろてへんのに そない思った。それから3ヶ月の間は この病気の事やら 手術してその後の闘病記やらをネットで見まくった ほんまとりつかれたように見まくって、色んな知識が付いた。この3ヶ月間が一番辛かったかもなぁ。今度はその事を書きます。また読んでね。

2010/04/06 16:08 |木彫り看板COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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